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チーム制のメリットと導入方法

はじめに

 レポート概要  このレポートには、  チームと云う概念、それを吏族という組織に導入するメリット,  吏族組織・作業に適切なチーム形態、及びその導入方法がパッケージングされている。     因みに……    このレポートにはカリスマ的リーダー論や、自由で柔軟な組織論、  各人員がそれぞれの専門的なスキルを持ち、それを持ち寄って出来るスペシャリスト軍団、  アメリカ軍隊並のマニュアルを作成・運用する組織、  と言う、そこらのビジネス書、組織論で書かれている理想論的なお話しはパッケージングされていない。  それらを求めるのであれば、いま直ぐにこのレポートを読むのを止めるべきである。  時間の無駄になってしまう。    基本的なチーム論を吏族組織・作業にフィットするように記述、  複雑な理論、学術用語を出来る限り省き、実際の例を挿入し簡潔に纏めている。  

目次

1共行動集団 ―吏族はそれである,個人の集団であり、チームではない― 2吏族のチーム化 3チームメンバーの顔ぶれ固定 ―現在の同藩チームを継続ー 4相互補完チームシステムの作成 5作業主導権はどこまで譲渡するべきか  6チーム単位での報酬 ―個人評価はしない― 終わりに  

1 共行動作業

まず、始めに伝えなければ成らないことがある。 現在の吏族という組織はチームではない。 集団の利を生かしていない。 ”個人”が集まった ―呼んで字の如く― ”集団”でしかない。 確かに、大人数が―チームの存在意義である―1つの目標に向かい行動を共にしている、 また少数の人員がグループを組み、同じ藩国を受け持ち、各自が出した結果を最終的に1つに纏め、 それを上司とも云うべき尚書に提出している。 が、それだけではチームとして動いているとは言い難い。 チームとはそこに属する人員のより強い連携―補完作用―である。 ―といっても、同時間に作業することだけが連携・補完ではない― チームという概念を組織に導入することにより、 チームの”自己補完作用” 各人員の”パフォーマンスUP” 共行動集団以上の”速度と作業量” これらのメリットを得ることが出来る。 ・現在の吏族は共行動集団である 現在の吏族組織の作業形式、これを”共行動集団”という。 共行動作業とはなにか?  例を出そう。 ある企業の営業部に電話営業担当の部門がある、 そこのリーダーは山田さんである、部下は五人いる。 この山田さん+部下=6人は同じ部屋におり、そこで仕事―電話営業―をしている。 ノルマは50/月である。 部下五人はお昼休みを一斉に取る様な事はしない、1,2人が休みを取り、残りの3,4人はその間も仕事をする。 部門全体のノルマは50/月であり、それを五人の部下がそれぞれ10/月ずつ受け持っている。 ―ノルマを達成すれば、他の人員の=遅れている=ノルマは受け持たなくても良い― そのノルマ達成具合で ―昼休みを何時とるのか?等― それぞれのスケジュールが決まる。 スケジュールを決めているのは上司である山田さんである。 ”個人”が”共”に”行動”している”集団”、これが共行動集団である。 この例では部下達は場所 ―ここでは同じ部屋― に集い、 上司である山田さんを共有している、ただそれだけである。 それではチームの態を成していない。 ・チームの定義とは 1 共通の目標に向かい人員が”一緒に”仕事に取り組み 2 その取り組みの成果には各人員が責任を負い 3 その成果がどの程度受け入れられるかを自分達で評価できる これがチームの定義である。 現在の吏族組織はこの定義を成してはいない、吏族は共行動集団である。 ノルマを達成できていない人員を助けても、それは上司に頼まれて行ったに過ぎない。 それでもいいのではないか?という意見もあるだろう。 しかし考えていただきたい、なぜチームという概念を取り入れるのか、 また何故集団で一つの目標を達成しようとするのか?と云う事である。 それは個人では到底再現不可能な、作業・目標に対する速度と精度を得るためである。 共行動集団では残念ながらこれを達成する事が出来ない。 なぜならば、共行動集団の作業は個人として行うからである。 またチームでは、自然的に行われる個人同士の相互補完作用 ―チーム内の自己補完作用― を得ることが出来る。 個人ではそれが得られない。

2 吏族のチーム化

もちろんチームは万能ではない、向いている作業と向かない作業がある。 たとえば、 私は、チームで小説を書き上げそれが素晴らしい出来になった、 または、チームで交響曲を書き上げ、それが素晴らしい音楽を奏でた、そんな話しは聞いたことがない。 各グループから上げられた吏族の報告書が ―テンプレートが在るにも拘らず― 1つのグループ内でもバラバラであった。 こんな事はなかったであろうか? あれこそがチームに向かない作業である。 チームで報告書を作る、チームで纏める、ということは大抵の場合良くない結果を呼ぶ、 何の事はない、人数多くては纏まる物も纏まらないのである。 この様な作業は文才のある1人の人員に任せてしまった方がいい。 実際、チームで纏めた報告書と、最終的に1人が纏めた報告書の双方が提出されているはずであり、 読めばその違いはすぐに分かるだろう。 しかし吏族の作業はチームに向いている。 ある工場では車のエンジンを製造している、ライン作業で各人員が受け持つ部品を作っている。 それらを纏めると最終的にエンジンが完成する。 これは個人が作業を行い、その連続としてのエンジン完成である。 それをある時期からチーム制に変えた。 簡単なことである、ライン作業をなくしたのだ。 5人多くて7人のグループに別れ、そのグループが1つのエンジンを作成し、 作成に責任を負い、自分達で評価を予想し、評価からフィードバックを得る。 その結果、今までの作業 ―ベルトコンベによるライン作業― の時と比べ、 1つのエンジンが完成するまでの速度があり、クレームの数―故障の数―が大幅に減り、 状況に対する素早い対応が可能になった。 これがチームである。 ここでは実在の会社の名前を出さないが、このような事例は探せば山ほど在る。 もちろん、前記した通り人員をグループに分けただけでは、チームとはいいが互い。 が、人員のグループに分けはチームに必要なものであり、吏族はその点をクリアしている。 しかし重要な事を忘れてはいけない、 エンジンにはどれだけの部品があるだろうか? エンジンが完成するまでどれ程の工程があるだろうか? エンジンの作成は各人員がそれぞれ違う部品を作り ―つまり違う作業をし― それを完成させる。 一方、吏族は各人が同じ部品を作り ―つまり同じ作業をし― それ完成させる。 この違いにより、 吏族では人員のグループ分けを行っただけではチームとしての運用ができない、 その点を忘れてはいけない。 吏族に関しては、グループ分けをしただけでは、共行動集団になるに過ぎないのである。 以下に記述する方法、形式を導入することにより、 吏族はチームとして機能・運用することが可能になる。

3 チームメンバーの顔ぶれ固定

チームの人員の振り分けは、現在の同藩事にチームを分ける方式でよい。 これを変えようとしてはいけない。 最小チームの顔ぶれを固定する事によって、安定感を得ることが出来る。 ミスが少なくなるのだ。 実例が数多くある。 米・国家運輸安全委員会の報告にこのようなものが在る。 国家運輸安全委員会により正式に記録されたトラブルのうち、 73%が ―航空、船舶の操縦士等の― クルーが始めて顔を逢わせた日に発生していた。 さらにそのうちの44%はその日の初めてのフライトで起こっている。 これらが示すことは、一緒にチームを組み奴の事をしっていないと、 仕事でミスをする確立が大幅に上がる、と言うことである。 お互いの事を実際の仕事において経験できていないのだ。 記録されたトラブルだけでこれだけの数 ―73/100%― があり、記録されてはいないが, 作業を遅らせたり、あと一歩でトラブルになりえた事態までカウントしたらどれだけあるのだろうか? NASAでも同様の報告が在る。 国立航空宇宙局のエームズ研究所センターはパイロットと疲労に関する実験を調査を行った。 その時、チームメンバーは入れ替えず、 固定したほうがよい結果が得られると云う事を発見したのだ。 実験はこうである。 同じ場所で数日間の任務に付き、 今まさに任務から帰ってきたパイロット達 ―つまりずっと一緒に同じチームを組んでいたた― に普段より難しいシナリオを与え、 フライトシミュレーターを操作させた。 同様の事を今まさに休暇から帰ってきたパイロット達にも行わせた。 今まさに任務から帰還したパイロットチームは、 個人個人にフライトシミュレーターを操作させると成績は悪く、ミスが目立った。 疲れていたのだ。 休暇から帰ってきたパイロットで作ったチームは、個人でのフライトシミュレーターでは何時も通りの成績である。 今まさに休暇から帰ってきたパイロット達をチームとして捉え直すと、 任務を終えたばかりのチームのほうが、休暇から帰ってきたチームより好成績を上げ、 ミスも大幅に少なかったのである。 これこそがチームを組むメリットそのものである。 しばらく同じ人員でチームにいた経験が、個人の疲れを補って好成績を叩き出したのだ。 なぜこの様な結果になったのか? 説明しようとすればいくらでも出来る。 チーム内の役割分担が出来ている、 チームに慣れるまでに対人関係に消費するエネルギーを使わずにすみ、作業に集中できる、 各人員の作業に対するメンタリズムが一致してくる、 固体を超えてチームとしての集合的を記憶 ―相互記録補完を― 可能にし、知識が共有できる ―トランザクティブ・メモリの形成― また結束力が高まり、お互いを助け合う、相互補完が働く。 疲労していたチームは、チームと云う概念のため、 個人では多かったミスを、大幅に減らすことに成功したのである。 他にも探せば事例は幾らでもあるだろう。 しかし、この様な反論も出てくる。 ”長時間同じ人員を同じチームに配置すると気の緩みが出て、安全確認を怠る、 お互いがお互いの仕事に甘くなり、手抜きをしだす。 結成直後に生まれたトランザクティブ・メモリも当初こそチームに作用したが、 直ぐにお互いを学習することはなくなるだろう” 言いたい事はわかる、これは誰にでも納得できてしまいそうな事である。 しかし、実際は違う。 ある企業の研究開発チームにこの様な事例がある。 ハーバード・ビジネス・スクールのラルフ・カッツの組織研究によれば、 研究開発チームを人員を代えずに運用したさい、3年目にして初めて学習作用、生産量がピークに達した。 そしてその後低下傾向に転じる。 吏族は研究開発チームではないが、少なくともアイドレスが終わるまで、 メンバーを固定することにより、生産性、つまるところ”効率”が上がり続けるだろう。 アイドレスが2年も続いたら話は別であるが。 このメリットを得るため、チームの人員は同じ藩ごとに振り分ける。 ・吏族組織全体の顔ぶれの固定 以上は”チーム”の人員固定の話しである。 さらにそれに加え吏族全体の人員の顔ぶれも固定しなくてはならない。 吏族とそうでないものに線を引くのだ。 吏族組織全体の顔ぶれを固定する。 これ行う目的は、そのもの自体、つまり吏族の固定である。 装着アイドレスが固定された今、これはほぼ整いつつある、 しかしなぜ組織全体の人員固定をしなくてはならないのか? チームにおいての人員人数によるミスは多くの場合、 チームの人員数が多いことである。 ―少なすぎてチームが作れないと云う事は早々ない、二人からでもチームは組めるのだ― たとえば生産力の増加、たしかにチームの人員を2人から三人に増加した場合は、 チームの生産力が大いに伸びる。 しかし12人から13人へと増加させた時は生産力に大した変化はない。 それとは別に多人数ならではの非効率が発生する ―プロセスミス― 情報の伝達時間の無駄や、人員の管理に人手を取られる。 たとえば、六人のチームだと、 チーム内の1対1のリンク数は15であるが、 人員が1人増え、7人のチーム人になると、チーム内の1対1のリンク数は21と跳ね上がる。 ―これ以降、人員をさらに増加するとリンク数がとてつもなく跳ね上がるのは云うまでもない― 色々な組織、心理・経営学者がこの手の実験・調査はしているが、 そこで出た結果は、チームの人員数は2人から7人までで、一番良いのは4・6人である、ということである。 もちろん作業の内容によって変動はする。 吏族の最小チームは今まで通りの3人同藩の理由もここに根拠がある。 そして、組織の顔ぶれを固定する理由もここにある。 顔ぶれの非固定がもたらすのは人員の無駄な増加である。 また情報伝達も難しくなる。 想像して欲しい、 人員になにかを連絡するとき、 または尚書が人員に何かを確認する時、人員が固定されていなくてはどれだけ大変だろうか、と。 ―チーム内のリンク数の話しがこれに当てはまる― つまり、連絡ミスが起こりやすくなる。 しかし、前記した通りすでに吏族の人員は固定されている。 では、なにをここでは提言するのか。 中核メンバーを定めるべきである。 まずは会議に参加する人員の固定。 これは今まで通り1,2級保持の吏族のみが参加可能とする、必要な場合は3級の参加を許可する。 これを変えてはならない。 もちろん最高決定者は尚書1人でよい、”決定”もまたチームでは苦手とする作業の一つである。 これは優れた者が1人で決めたほうが良い決定が出来る。 次に、事前作業などがあった場合は ―これも今まで通り― 3級を使い作業に当たらせる。 それ以降の実作業は同藩の人員でチームを組み作業に当たる、これも今まで通りでよい。 ―これらはチームではなく、組織形式の話しではあるが……― そしてここで云うべきは、吏族補の人員固定である。 メリットを例に出そう。 あるオーケストラがある。 そのオーケストラの常任演奏者は30名である。 大抵の曲はこの人員数で演奏できる。 しかし人員が足りないときや、特殊な楽器の演奏者が必要な時は外部の演奏者を雇う。 始めのうちは様々な演奏者がヘルプに来た、しかし時が経つにつれ呼ばれる演奏者が固定されてきた。 ―ギターなら必ずAさん・サキセファンならかならずBさんを呼ぶ、ヴァイオリンなら……、この様に― そのうち外部の演奏者は常任演奏者との親交を深め、実際の作業 ―ここでは演奏― を通じ知識の共有化、等々、メンバーを固定した時と同じメリットを発揮しだした。 会議等には参加する権限は無いものの、実質上の準メンバーとかした。 常任演奏者から誰かが脱退したときは、まずこの準メンバーから次期常任演奏者を募ることになったのである。 この話しにおける、”準メンバー”と”吏族補”は同じことである。 メリットもそのままだ。 繰り返してしまうが、まずメンバー固定によるメリットを得られ、 新たな ―”補佐”ではなく正式な― 人員も得られる、 誰かが出世をし人員の欠如が起こった場合も、それを埋めることができる。 このメリットは実際の組織、チームにとってはとてつもなく大きい。 様は適切な人材のプールである。 つまり、今回吏族補をしていただいた方に続投をお願いする。

4 相互補完チームシステムの作成

吏族を只の共行動集団からチームに移行させるモデルを此処では記す。 Σ≪(A藩・B藩)(C藩・D藩)≫  ≪(E藩・F藩)(G藩・H藩)≫  ≪(I藩・J藩)(K藩・L藩)≫Σ 藩=最小チーム  ()=中規模チーム  ≪≫=大規模チーム  ΣΣ=全吏族 各藩 ―A藩,等― は、同じ作業を行う ―同じ藩を受け持つ― 前記したとおり、これは同じ藩のメンバーで構成される。 これを”最小チーム”する このチームで実作業に当たり、問題がなければそのままチームとして運用される。 しかしここで何らかの問題が起こった場合、 たとえば作業の大幅な遅れ、人員の欠如、等々、 それらが起こった場合は同じ()で囲まれている藩に助けを求める。 ―A藩だったらB藩に助けを求める― ()で囲まれた2つの藩で作ったグループを”中規模チーム”とする―(A藩・B藩)等― この中規模チームは普段は連絡等は取り合わず、 最小チーム外の助けが必要なトラブルが起こった場合のみ、連絡を取り在う。 ―もちろん蜜に連絡を取っていいが― 人員の欠如などはこの2つの最小チーム ―=中規模チーム― 間で行う。 尚書への許可は要らないが、尚書の現状把握のために報告は義務化する。 ≪≫で囲まれた中規模チーム同士を”大規模チーム”とする。 中規模チームで自体を収拾できない場合にこの大規模チーム内での収拾をはかる、―(A藩・B藩)なら(C藩・D藩)― しかし、この大規模チームは最小チームの人員が3人だと考えると、12人になるためチームとしては人員が多い。 そのため、連絡を取り合うのは、助けが要るような緊急時のみとする、勿論尚書への許可はいらず、報告は義務化する。 ΣΣで囲まれたグループは吏族全体である。 もし大規模チームで問題を収拾できなかった場合、その問題は吏族組織全体の問題である。 事態をすぐさま報告、尚書、尚書補佐があらゆる手段を使い事態の回収に動き出す。 人員欠如や作業遅延があった場合に、 尚書に援助の申請をする形式では時間のロスが生じる。 次回も今回の様に余裕があるスケジュールを組めるとは限らない。 前々回までのように短時間での吏族チェックを行う可能性に備え、 この様な相互補完チームシステムを導入する。 吏族最大の敵は”時間”と”人員の欠如による遅れ”である、それを全ての人員が認識しなくてはならない。 これらの小・中・大のチーム制を導入することにより、 上記した、チームを形成する上で必要な装置を吏族組織に組み込むことが出来る。 ―チームと云う概念の導入、メンバーの固定、チーム単位での行動、等々― その結果。チームを組むメリットを得ることが出来る。 とりわけこのシステムではチームの相互補完が可能になる。 今までは部分補完しか行われず、人員のパフォーマンスを低下させていた。 もし中規模チームで問題があり、事態の収拾が難しいからといっても、 同じ大規模チームにも属していないチームが ―暇であっても― 援助をしてはならない。 そのような形式を許可すると、吏族はただの共行動集団に成り代わる。 上記のチーム制導入のメリットも破壊される。 柔軟な集団、人員の適切な配分、その理想論はいいが、 人間、特にそれが集団になった時の柔軟さなど他かが知れている。 理想論より、強固なチーム論である。 チーム制を強固に維持していくことにより、 チーム内の自己補完作用を獲得、各人員のパフォーマンスを向上させる。

5 作業主導権をどこまで譲渡するべきか

この様な提言を受けると、大抵の管理職は実際のメリットを見ず、または見ても、苦言を呈す。 それはなぜか? このシステムでは、今までの吏族作業以上にチームに作業の権限が渡されている。 自分の目の届かない所で作業が行われるのを管理職は嫌がることが多い。 気持ちは分かる、不安なのだ、チームが上手くいかない場合、最終的な責任は上司である自分にある。 しかし、管理職に付く人間はチームの本質を理解しなくてはならない。 チームの本質、それは”独立”である、逆に言えば独立しているからこそ、チームである。 チームを作る目的は、チーム内での自己補完性を得ることが一つの目的である。 それは独立あってのものだ。 ―しかし独立といっても組織内のことなので、たがが知れていることを忘れてはならない― このような上記の権限を持つチームを”自己管理チーム”と言う。―読んで字の如くの意味である― このチームは自分達のパフォーマンスを実行する権限があり、 また自分達 ―自分達のパフォーマンスを― を監督・管理する権限も持つ。 顧客の要望に素早く応えなければならない専門家や、新しく、人材の年齢が若い工場、 計画・前もって提出したスケジュールをその通りに終わらせなくてはならない建築家、 などのチームに見られる形式である。 まさに吏族に当てはまる形式と言え、 チームに与える権限はこれ以下でも、これ以上でもいけない。 与えられた権限がこれ以下の場合。 そのチームは只単に上司から与えられた作業をこなす集団である。 これでは現場の素早い状況変化について行くことができず、自己補完作業は得られない。 この集団は共行動集団と言える。 与えられた権限がこれ以上の場合。 そのチームは今までの権限に、 チーム編成やチームの作業環境を修正する権限を持つような集団になる。 この集団は経営幹部チーム、商品開発チームによく見られる。 ―相互補完チームシステムでは、限られた選択肢の中で小さくは在るが、  この権限を与えられている、と言っても良い― 吏族作業は成果物が型通りに決まってはいない、専門職的な作業と言える、 そのため”これ以下”では権限が足りずに作業に対応できない。 また吏族作業は与えられた仕事を受け持つもので、経営や戦力を練る物でもなければ、 新しいアイデアを出すチームでもない、そのため”これ以上”では自由度が高すぎて、 または受け持つ作業が適切に配分されることがなく、破綻する。 チームに譲渡する権限は、 相互補完チームシステムに含まれる権限 ―自己管理チーム― が適切な程度なのである。

6 チーム単位での報酬―個人評価はしない

上記のシステムを導入するに当たり、個人評価をしてはいけない。 チーム制を導入するからには、評価もチーム単位である。 これを行うとチーム内の自己補完作用が ―報酬を得るには個人ではなくチームを評価してもらわなくてはならないため― 大幅に上がる。 素晴らしい活躍をしたチームには、褒美として一定の報奨を与えるべきである。 ―資金、娯楽、燃料、資源、等々……― 注意をする点としては、 報奨はチーム単位であるが、栄達は個人単位で行うことである。 チーム単位で一気に3人ほどが出世するのは想像しただけで可笑しい。 吏族組織全体の権力バランスが崩れてしまう。 ボーナスと出世はまったくの別物である。

最期に

以上がチームと云う概念、それを吏族という組織に導入するメリット、 吏族組織・作業に適切なチーム形態、及びその導入方法である。 チームという概念・形式に対する基本的な事の中から、 吏族組織にフィットする様に記述した。 これらを適切に導入することができれば、 吏族組織全体のパフォーマンスは大幅に上がるだろう。 寅山 日時期@詩歌藩国 (吏族3級) ご意見ご用件はこちらまでどうそ nqm01885☆aries.livedoor.com ☆=@